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即興と学習


随分間が空いてしまったなぁ.


実は,日曜に前座でエースコンバットとアフターバーナーを演奏
したりもしたんですが...
来て下さった方々,本当にありがとうございました(遅.
とても楽しい時間を過ごせました.
聴くのも,演るのも,生演奏最高.


さて,id:keim_at_Si:20050624の続き.
もう少し色々考えてみて,思った事.
多分,今悩んでいるところって,
敵のシーケンスの中に学習要素を埋め込む方法が分からない,んじゃなくて,
敵のシーケンスの中に即興要素を埋め込む方法が分からない,んだと思った.


まず前提として,少なくとも自分は,シューティングゲームには,
やっぱり,何かしら即興要素が必要だと思っている.
けど,敵出現シーケンスが決まっている以上,覚えてしまえば
乱数弾幕/出現以外の即興要素はゼロになってしまう.


うーん,つまり要点の一つは,乱数弾の混ぜ方って事になるのか...?
乱数弾は,出し方やフォント次第で非常に美しくなるし,
弾間を縫うゲーム性としても,非常に簡単で十分に面白い.
ただし,乱数である以上,運が絡んでくるし,
過剰な乱数弾で,ゲームは一気にをつまらなくなる.
そういう過剰な乱数弾幕のフリー/同人を良く見かけるけど,
多分,今の自分のような迷宮に陥った結果として,
過剰の乱数弾幕入れてしまいたくなるんじゃないか,と思う.
作っている人間は,「学習要素は100%覚えている状況」な訳で,
そういう人間でも面白いと思える物を作ろうとすれば,
即興要素である乱数が増えてくるのは自明かも知れない.
...ま,その辺は常に頭の端に入れてシーケンスを組めって事か.
今回作りたい方向性に近いいくつか名作を見ている限り,
乱数弾は,「よく見ているとたまに混ざっている」程度っぽい.
要は,混ぜ込む位置と量をうまく設定すれば,最強のスパイスになるけど,
位置と量を間違えれば,一気に単調で味気無いゲームになってしまうって事か.
なんか,凄く職人芸な気がしてきた...


さて,もう少し根本に立ち返ってみる.
「学習していない要素が即興要素になる」と言う所をコントロールできないか.
どうも何となく感じるのは,世の名作シューって「乱数弾による味付け」よりも,
「学習するかしないかの境目」をうまくコントロールする事で,
面白さを生み出しているような気がする.
「学習するかしないかの境目」は,即興で避けられる弾の種類/レベル
によって決まってくるだろうから,当然,個々人で違っている.
即興で避けられない人は,学習して避ける.
即興で避けられる人は,学習する必要は無い.
「学習していない要素としての即興要素」は,あまりにも個人差が大きいので,
「程度」をコントロールして混ぜ込むのは,不可能.
...どうしろと...?


...かなり昔書いたTension&Relaxの振り幅って何か,利用できそうな気がするけど...
数秒程度の短周期で,「比較的学習要素」と「比較的即興要素」を混在させて,
その振り幅を想定レベルを覆う程度に,大きめに振っておいて,
レベル上昇に伴って,振動中心を上げていく.
すると,「即興→学習」になる境目がぼやけて,どこまでも「即興」で行ける
ような錯覚を覚える.けど実は,繰り返しによって無意識に「学習」させている.
...どうだろう...?
...うーん,まぁ,何となくの指針位にはなるのかなぁ...


「学習要素」って過去に覚えた弾幕ってのも含まれるてくるから,
シューティングが世に出れば出るほど「即興」をコントロールしづらくなって,
新システムでも考えつかない限り,「乱数弾による味付け」が重要になってくる
ような気もするけど...エントロピー増大の法則か?


...取り留めなく,一旦終了.